58話 神の御子・天平
関東大会緒戦、京王を破った南武高校は、続いて埼玉県代表の殉教学院高等部と対戦した。
実はこの殉教は、今年に入ってからだけで2度の練習試合をしており、互いの戦力、実力は知り尽くしている間柄のチームであった。
練習試合ではいずれも南武が圧勝しているが、カウンター能力の高い、侮りがたいチームである。
そして、勝敗とは別に、南武メンバーたちの関心事は、謎の1年生キャプテン、細川天平の正体であった。
1年生で体も小さく、ほとんで女の子にしかみえない天平が、屈強の殉教メンバーたちを自在にコントロールし、メンバーたちも時として勝敗や得点を度外視してまでかたくなに天平1人を徹底的に守り抜いているなど、謎は深まるばかりである。
また、そのかわいらしい容姿から、女生徒たちからの人気も集めていた。
それに対し、猛烈なライバル意識を燃やしているのが、南武高校♯4、岬陽一だった。陽一は、去年のデビュー以来、その華麗なテクニックと、仏蘭西人の母を持つことに由来する美貌から、「仏蘭西の小公子」と呼ばれて人気を集めていたが、その人気が、今年は天平と、鹿鳴館に留学中の英王子一行に奪われ、猛烈に嫉妬していたのだった。
陽一は、個人的にも貴公子の名を独り占めするためにも、絶対に天平を倒さなくてはならないと思っていた。そして、キャプテンのサトルもその意を汲み、この試合の全てを陽一に託したのだ。
更に、陽一の初恋の人、聖羅がマネージャーとして敵陣にいる。
それまで同性にしか関心のなかった陽一が、初めて好きになった女の子である。聖羅もまた純血の日本人ではなく、父親が英国人75%日本人25%の南アフリカ人であり、その血を引いて金髪をしていた。
その聖羅の前でいい格好を見せ付けるチャンスでもある。陽一は燃えていた。
「聖羅、今日は敵味方だけど・・・ごめんね」
「ううん、いいのよ。お互いベストを尽くしましょうね」
聖羅自身も英国の中学ではテニスの名手で、殉教女子高校でもテニス部に所属して活躍しているスポーツ少女であり、スポーツマンシップのある女の子であった。また殉教自体が、真面目な校風のミッション校であった。
ところでこの試合、意外な観客が姿を見せていたのだが・・・。
さて試合ははじまった。サトミのキックオフ。
殉教のリターン。天平の素早いパス回しだが、天才・東サトルの読みはそれを上回り、武田と佐藤兄弟を中心とするデイフェンス陣が襲い掛かる。
それでも殉教のメンバーたちは天平には指一本触れさせない・・・。
しかたなく自陣近くまで攻め込ませ、レシーバーの手に渡ったところを襲うしかなかった。しかし、先制点を許してしまう。
だが2度3度と同じ手を食う王者南武ではない。サトル自身も加わったディフェンスで攻撃権をもぎ取った。
投げるのは陽一・・・この試合、サトルは守備主体の脇役に回っている。
QBは陽一、エースレシーバーはサトミである。かつてはチームメイトでありながら犬猿の仲であった二人だが、今ではサトルを加えた無敵のトライアングルの一角を占める仲である。
陽一の、蝶のように舞うマリポーサショットがサトミに決る。
サトミは独走・・だが迫る殉教ディフェンス陣。
しかし彼女の最愛の兄、サトルが密着カバー。ボールはサトルを経て、陽一にリターン。
そしてその陽一にも素早くマークが付く。殉教のマークは実にしつこく、独走を許してはくれない。
だが、南武高校には華麗さをウリにした東兄妹や陽一だけが主役ではない。ガッツとパワーに溢れ友情に厚い鉄人、武田信彦がいた。
信彦は、陽一やサトミに襲い掛かる敵を文字通り駆逐し、進路を切り開く。
そして、ついに陽一の華麗なダイビングタッチダウン!
サトミもキックを決め逆転だ。
その後も一進一退の攻防が続くが、
遂に陽一と天平が直接対決だ!2人とも体格は女子生徒並みと貧弱ではあるが、テクニックと味方のディフェンスに助けられて大活躍をしていた。だが、偶然の悪戯かエアポケットのようなところに2人が取り残されてしまったのだ。
「陽一さん、このボールは渡さない」
天平がこのままタッチダウンするか、味方にパスが通れば追いつかれてしまうが、陽一が天平を倒せばそれでゲームセットという展開である。
陽一はこれまで、ほぼオフェンスだけでディフェンスには参加していなかったが、打倒天平の執念からの志願であった。だがこの試合もまだ一度もタックルを成功させていない。
奇しくも、彼が今まで一度だけ決めたタックルもVS天平だった。
だが半年の間に天平にはすっかり隙がなくなっていた。陽一は目を見開き、思い切り姿勢を低くして天平を救い上げるように突っ込んだ。
「ああ・・・」
ぽとりと落ちるボール・・。
試合終了・・・31対28で、南武高校の勝ちだ。
「陽一さん、負けました。でも来年は僕も2年生。きっと勝たせていただきます。」
「天平クンこそ、半年の間に上手くなったよ。ボクびびりそうだったよ」
2人は試合が終れば、紳士的に握手を交わす貴公子となっていた。
試合はここで終りだが、ここで一つのドラマが。
「兄さん、姉さん、来てくださったのですね!」
「うむ、正直我々に弟がいると聞かされ戸惑っていたが・・・なるほど由香にそっくりだ。」
「天平君、本当に由香がキミのお姉さんなの?」
「見ろ!天平君と話している人・・・どこかで見たことがないか?」
「あ、あれは細川元総統のお孫さんの由香さんとそのお兄さん、そして彼氏の加藤隼人さんだ・・・」
「たしか鹿鳴館だったと思うのだけど・・偵察に来てたのかな?」
「それにしては親しげだぞ・・・」
悪いとは思いながらも、サトミ、陽一、マネージャーの宏美はこっそりと近づいて見た。
「うーん、天平くんと由香さんはまるで双子みたいにそっくりね」
そのときである。
控え室に入っていった天平、隆之、隼人、由香、後ろから覗いたサトミたちは一瞬まばゆい光に包まれた。この世のものとは思えない、美女が現れたからである。その姿はまさしく女神であり、人間のレベルを超越していた。
「隆之、由香、そして隼人君・・・。わたしは、がらしゃです。そう・・・由香たちのママです。」
「う、確かに母上・・・だが、おかしい。母上は由香を産んでまもなく亡くなったはずだ。我輩も幼かったが葬式にも出たし、墓参りも欠かしたことがない。それにだ・・・母上なら54歳のはず。それにしては若すぎる。あなたはもしや、母上の歳の離れた妹、つまり我輩の叔母であろう。」
「いいえたかゆき。わたしは、この聖ポピー修道院を継ぐ為、細川家をさらなくてはならなかったのです。でも、あなたたちにはしんだことにしていました。母を許してください。そして、そのときすでにわたしのおなかのなかには、新しいいのちがやどっていたのです。それがこの天平なのです。」
「ママ!許すわ。由香ゆるすわ!・・・だって夢にまで見たママに会えたんですもの・・・」泣きじゃくる由香。由香とガラシャはよく似ていた。
だが、隆之は・・「我輩は許さん。我輩を20年近く騙していたとはけしからん!それに・・・なぜもう少し早く名乗り出てくれなかったのだ・・・父上は、父上は先の戦争で戦死されたぞ!」隆之の目にも涙が光っていた。
「兄さん・・許してください。母さんはあのとき、腫瘍が出来て手術中で、出撃前の父さんに会えなかったのです。僕からも誤ります・・」
「何?腫瘍だと!母上・・」
思わず母を抱きしめる隆之。
「安心してください、幸い良性で完全に成功しました。これでわかってもらえたと思いますが、天平はあなたたちの弟です。これからは兄弟仲良くね。」
「はい、母上」
手を取り合う三兄弟。
「兄弟愛っていいなぁ」
一人っ子の陽一はつぶやく。いつのまにか他のチームメイトたちもあつまっていた。
サトミももらい泣きして兄のサトルと抱き合って泣いていた。佐藤義信と高信も仲の良い兄弟である。
宏美の兄、鉄平は前副将、みゆきの兄、剛は元主将で全日本主将であり、皆その兄弟愛を知っていた。
サトルとサトミは、改めて兄弟愛の大切さを知り、次の鹿鳴館戦勝利の誓いを立てたのであった。
そして、天平が何故1年なのに主将で、かつあれほど大切にされていたという謎は、神秘の女神、マザー・ガラシャの息子だったからであり、しかも、その父親は先にその命と引き換えに第3次大戦を日英同盟の勝利に導いた細川忠之提督であり、世界一の権力者、細川元総統の孫であることも判明したのであった。
陽一も、次の試合に向けて闘志を燃やす。
鹿鳴館には、「小公子」も真っ青の本物の王子がいる。そして、陽一を執拗に狙う騎士、デビット=ランスロットが陽一を倒そうと闘志を燃やしていた。
次の試合は、日本の高校アメフトの関東大会決勝であるとともに、英仏の代理戦争の体を帯びていたのであった。
続く。