65話 栄光の南武高校

 

 義信が昏睡、信彦が脱臼、サトミと陽一も傷ついた南武高校は、8点のビハインドで運命の最終クォーターを迎えた。

「よしっ、と。どう?」

「上手いぞ!よし、オレはまだ行けるぜ!」

マネージャーの仕事の一つとして選手の肉体管理や手当てもあるが、宏美は見事信彦の腕の関節を入れた。

 それにしても・・・あれだけのダメージにも関わらず骨折を免れた信彦はまさに鉄人である。だが、この負傷のためにそのパワーは半減してしまった。

それでも戦わなくてはならないのだ。

 一方、神学館も、最も兇悪な須田が、義信に対する悪質タックルを咎められ退場させられ、信彦によって丹波が粉砕されていたほか、怪我人が続出していた。まさに、壮烈な潰しあい、もはや試合ではなく戦争状態になっていたのだ。

 

 ハット、ハット・・・ガシャーン!グゴゴ・・・・

安東の激しい激突。だが、大河原清は、試合前の監督の言葉を思い出した。

「勝負の鍵は、君が安東君に負けないことだ。出来れば勝って欲しい」

「うおオオ!監督どん、わかったタイ!」

尊敬する元主将、西本剛に、重心を低くすることによりパワーを増すことを教えられた清。だが、いくら清でも零は余りにも強く、大きすぎた。

だが・・・。清は押された。ラインを割った。相撲なら負けである。だが・・・最後まで踏ん張り、倒れなかった!

 そう、清は今まで、零を倒そうとして負け続けていたのだ。だが、ラインの激突は必ずしも相手をアオテンさせる必要は無い。攻撃側の場合、相手タックル陣の突撃を阻止する時間稼ぎ、守備側の場合は、相手ラインを排除して先に進み、相手の攻撃陣を粉砕することにある。

 神学館は、守備では零を最後部のセーフティとし、攻撃の時はライン中央に据えていた。つまり今は神学館の攻撃である。

 だが、清が踏ん張ったため、零は釘付けになった。その間に、信彦が痛む腕に耐えながらも方岩をサック、攻撃権を奪取したのだ。

 

 ここで飯田監督は素早く動いた。メンバーチェンジ。

「サトミ、僕と一緒に突っ込むぞ!」サトルがレシーバーに回る。では誰が投げるのか?

「監督、行きます!」修だ。五十嵐修が投手に起用されたのだ。彼は頭脳と瞬発力に優れる反面、スタミナと防御力に難のある選手だった。

「信彦君と高信君は、僕たちらかまわず、全力でオサム君を守るんだ。オサム君が倒れたら、うちにはもう投手が居ない。頼んだよ」

「おう、任せろ!」

 高信は、兄の仇、須田が退場させられたため怒りのぶつけ先を失っていた。だが、この際誰でもかまわない、神学館の選手を1人でも多く地獄に叩き落すと誓っていた。

 陽一は、日野兄弟の空中技を封じるために密着マークだ。そのため、サトミと一緒にボールを運ぶのは今やサトルだけになった。

 

 まるで重なり合い、一体化したようなサトルとサトミのラン。

今日初めて投げる修だったが、レシーバーよりむしろ頭脳を使う投手のほうが彼に向いていたのだ。強い球を捕るのは大変だが、投げるなら反動はない。今まで、サトル、陽一、さらに以前は拓也が居たため機会がなかっただけだ。

 2人に迫る馬鹿之助と新。だが、

「兄上の仇、覚悟しろ!」2人の突進に、高信が割って入り、これを見事粉砕、さらに勢い余って味方の零に突っ込み、自爆・・・。2人とも退場だ。

さらに零はダメージはなかったが、隙が出来た。

 サトミが飛び込み、まずは1タッチダウン。しかし・・・。

「痛・・!」

「サトミ!」

 これまでの激しい戦いでサトミは脚を吊ってしまったのだ。幸い、すぐに回復したが、今すぐキックするのは難しい。

そのとき、南武ベンチがまたしても動いた。飯田監督が叫ぶ。

「キッカー、21番!」

 21番は去年まで、馬場鉄平がつけていた番号だが、今年は誰もつけていなかったはずだ。しかし、ベンチの奥から現れた長身で細身の選手は、21番をつけていた。

 そけを見守るサトル、サトミ、陽一、信彦。

 スパーン!見事に決るキック。そしてその勢いで脱げたヘルメットからは、腰まで届く青いロングヘアが・・・。

「やったぜ宏美!」信彦は絶叫。

 「こんなこともあろうかと、密かに選手登録しておいてよかったぜ!」

宏美は元々選手志望だったが、女であるためあきらめてマネージャーになっていたが、時折軽度の練習には参加し、タッチフットやランジェリーボウルへの参加経験もあった。元々運動神経は、兄以上の彼女。信彦と兄の鉄平の協力で、深夜や休日に練習を重ねていたのだ。

だが、試合への出場のためには、前もって登録しておかねばならない。しかし南武高校では、女子選手として有名なサトミがいるため、他のマネージャーもあらかじめ選手登録しておいたのだ。最も、実際に選手としての練習をしたのは宏美だけだが。さらに今まで練習試合も含め、一度も出場していなかったため、チームメイトからもその事実を忘れられていた。もっとも、選手層の厚く、日本ナンバーワンキッカーのサトミがいる状況ではその機会もないのは当たり前だったのだが。

 だが今は非常時。攻撃ランナー不足からサトルまでもレシーバーに回り、三番手QBのオサムが投げているほど選手が傷つき倒れていたのだ。

宏美はそのまま攻撃に入った。出来れば使いたくない選手だが、そこまで追い詰められていたのだ。

 一方、宏美が選手として出場、人事不省に陥った義信の看護のためみゆきと唯理を欠いたマネージャー陣も人手不足に陥った。なにせ修も普段は半ばマネージャーなのだ。

 

「へへ、女だ・・・。しかもサトミより美人だ・・・」

宏美が女と知り群がる神学館の獣たちだが・・

「オレの女に手を出すとはいい度胸だぜ!」逆に3人まとめて信彦に熨されてしまった。

そこに、丁度治療が終った伊藤が復帰、宏美はピンチヒッターの役割を果たしベンチに戻った。

「さあ、みんな、声を出して!」他のマネージャーを鼓舞する宏美。

 

しかし、ここで終る神学館ではない。方岩は今度はテクニックで見せつけ、点差を縮めさせない。

 それでも喰らいつく南武高校。

 

残り時間わずか・・・。

「キャー!」

陽一の悲鳴が・・・。安東零は、その巨体ゆえ、頭上を超えられたことはない、と判断した陽一は飛翔してタッチダウンを決めようとしたが、叩き落されてしまったのだ。陽一はそのままうずくまってしまった。同じことは誰でも考え付く。そんなこともあろうかと、頭上を狙われた時はベンチのなつが指示を出していたのだ。彼女は選手ではないが、神学館の陰の司令塔なのだ。

ところで監督は・・・。

名将・ザビエル山田前監督は、伝道師としての修行のため羅馬に出向し、新たに迎えられた松永監督は、金にものを言わせて素質のある選手を集め、指揮はなつと方岩に任せきりだった。商業主義の監督の方針で、今までの神学館では信じられないほど性質が荒く凶暴な選手が集まってしまったのだ。

 

 

そして、サトミに決る方岩のタックル・・・。兇悪選手たちは信彦と高信に粉砕され、もはや頼れるのは自らの頭脳と技と力だけだ。そして、彼は1人でも十分に実力のあるプレーヤーだった。

 「うっっ!」

この衝撃でサトミの体に異変が起きた。

「しまった・・・抜けちゃたったわ・・・」

脱げたフッパンと一緒に、サトミの股間から抜け落ちてしまったタンポン・・・。だが彼女は素早く穿き直すと気合を入れた。

「うぉーーーーーーっ!」野獣のような雄叫びを上げるサトミ。サトミの全身の血管、筋肉が沸騰し膨張した。アドナレン全開、小学生のペニスなみに膨らむ栗。

「行くぜサトル!」

あまりの気迫に一瞬たじろぐサトル。サトルだけではない。敵味方の全員が息を呑み一瞬金縛りにあうような、サトミの突進。

その先に見えるのは最後の壁、安東零だけだった。

零は、サトミの気迫などなんとも思っていない。いや。思うだけの知能もない。ただ、本能でこの立ち向かってくる敵を叩きのめそう、という意識は持ってた。サトミと零、最後の勝負。

 

「零くん、覚悟!」第3クォーターでは、あまりもの零のサイズと迫力にびびり、結果として義信を犠牲にしてしまったサトミ。サトミは、それは自らの「女」の弱さのためと自問した。そして気合を最高にして、「男」になりきり、恐怖も恥じらいも全てかなぐり捨て、零に正面からぶつかって行った。

 

「無謀だサトミ!僕にスイッチだ!」もはやサトルの指示も耳に入らない。

「オレは男だ・・・。零君をぶったおしてあのラインを割るまでは・・・。」
「零君、覚悟!」

「零君、止めて!」

「安東、頼む!」なつと方岩も絶叫する。

「グォーーーーーーーーっ!」牙を剥き、仁王立ちする零。

「とりゃーーーーっ!」

 「ガゥーーーーーーーっ!」

「!」雪煙と砂埃と泥の混じったものがエンドラインを隠した。

折りしも最終クォーターに入り、雪が降っていた。だが、選手たちの熱闘で、グランドは熱気に包まれていた。しかしエンドライン外にはうっすらと雪が積もっていた。

 

一瞬の出来事であったが、それは永遠のように感じられた。

股間を押さえてうずくまる零。その脚にはサトミの脱げたフッパンの破片が絡みついていた。その先に点々と赤い血が雪に。

 ボールを持ったまま、うずくまるサトミ。

 その股間から今、じわり、滲み出す鮮血・・・。赤い泥だまりが出きる。「♂」と化していたサトミが、女に戻った瞬間であった。

ピー!審判の笛が鳴る。

スローモーションで再現すると、サトミはボールほ持ったまま零に頭からぶつかり、丁度例の股間を撃った。たじろぐ零の僅かな隙をついて股間を潜り抜けてタッチダウンしたが、フッパンがひっかかって脱げてしまったのだ。

 得点だ。南武高校土壇場で逆転。しかし・・。

「サトミ!」

サトミを抱き起こすサトル。

「サトミ、蹴れるか?」

「うん、最後だもの」

新しいフッパンを履いたサトミのキックが雪空に決る。

試合終了・・・。

 そのまま抱き合うサトルとサトミ。

「整列!」審判が促すも、2人には聞こえなかったようだ。

「チェっ!仕方ねー、2人の側で整列しようぜ」

「方岩!」方岩の提案で集まる両軍選手。審判もしぶしぶ了承。

サトルとサトミもようやく我に帰った。

 

「関東代表、南武高校の勝ち!」

「・・シタ!」

 

「それにしても・・・こいつら!」

方岩はサトルとサトミに突進した。

「やめろ、試合は終っ・・・?」

方岩は、その逞しい腕でサトルとサトミを空高く放り上げた。

「なるほど、そういうことか!いいとこあるな貴様!こんな、行くぜ!」

信彦の掛け声で、両軍の全員が2人を胴上げした。

 2度、3度、4度・・・宙に舞うサトルとサトミ。

 

 続いて表彰式。文句なしにMVPはサトル、特別賞はサトミに贈られた。最優秀ラインは清、新人賞は零に与えられた。

歓喜につつまれる南武メンバー。

 

だが、サトルとサトミの表情は暗かった。

「よっちゃん・・・」

そう、サトミを庇って壮烈な最期を遂げた義信の容態が・・・。

そのときである。西本博士と、その妻の満智子婦長がやってきた。

「義信君の意識が戻ったぞ!」

「えっ!」それは奇跡であった。唯理の献身的な愛の力で、義信は一命を取り留めたのだ。

だが、車椅子生活を余儀なくされた。それでも、回復への一縷の望みをかけて必死のリハビリに挑むことになった義信。

「義信さんが歩けるようになるまで、私が義信さんの脚になるわ!」

「やった!」

 初めて勝利の実感を手にしたサトルとサトミ。2人を再び胴上げだ!

 

 その頃、神学館ベンチでは・・・。

「ウォーーーー」

「泣かないで零クン、あんたには来年も再来年もあるんやで・・・・」零は生まれてはじめての敗北に悔し涙を流していた。

そして、保護者、OB会からの非難の声が松永監督に。

「ヤクザかチンピラを集めてでも勝てばいいというあんさんのやり方はまちがいや!」

「神聖な神学館の恥だ!」監督は、責任をとって解任させられた。

「やれやれ・・・オレも大学部への進学はムリかな・・・」

 崩壊してしまった神学館。結果的に、松永監督が連れてきた馬鹿之助、新らと、悪質なタックルで連盟から追放処分を受けた須田は神学館大への推薦が取り消された。

 

 再び南武控え室。

歓喜の中、サトミは不意に飛び出した。トイレに駆け込む。

しかし、たどり着く前に倒れて意識を失った。ベットに横たえられたサトミ。

 まだ完全に「血」が出し切れていなかったようだ。シーツを染める血。

長い戦いは終った。高校3年間戦い抜いた女戦士東サトミの戦いは終ったのだ。

 そして、一心同体の最愛の兄、サトルとの決別の日も近づいた。

サトルはアメリカに旅立つ。日本に残るサトミ。

来年からは別々の歩みを生きていくのだ。

 そしてサトミは、完全な「女」となった。

もう男のようには戦えない。サトルも居ない。しばしの休息の日々が始まるのだった。

おめてとう、そしてありがとうサトミ。君の勇姿は決して忘れない。

そして今は女に戻ってゆっくり休め・・・。

 次なる戦いの日が来ることもあろう・・・。

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