31話 蝉時雨の夏

 

「キャハ♪隼人君、もっとゆっくり・・・」

爽やかな夏の朝・・二人三脚でジョギングする隼人と由香・・・。毎日の日課である。

2人の抜群のコンビネーション、阿吽の呼吸はこうした鍛錬によって身につけられているのだ。華奢な由香のマックス値に合わせての歩調による走りこみにより、体力の劣る由香の基礎体力の向上と、それに同調できる隼人の運動神経が磨き挙げられるのだ。

 小鳥の囀り、虫の声・・・。そして夏の虫と言えば、蝉であった。

「あ、見て、蝉の抜け殻よ♪」

蝉の声に混じり、耳を澄ますと、なにやら美しい音楽が聞こえてくる。

森の奥の広場で、たった一人バイオリンを奏でる少年・・・。

 

この少年、内藤直人は、天才バイオリニスト、内藤清人の1人息子で、桃李音楽大学付属高校の生徒であった。だが、清人は数ヶ月前、パリ公演の帰途、航空機事故(グロテスター昆虫軍団、バッタロイドの大群による)で亡くなってしまった。

 さらに彼の人生は波乱に飛んでおり、当初全く売れていなかった父に愛想をつかし母が去り、育てることが困難になった父は彼を一度は孤児院に預け、そして8歳になったとき、世界的バイオリニストとして売れるようになって迎えに来たのである。そして以来10年、英才教育で将来を嘱望されていた。

それが突然の父の死で・・・。それでも当初は、恋人である古田雛菊(通称、ディジー)の父で担任教師でもある古田教授の家に引き取られたのだが・・・不幸が重なり、教授が心臓発作で急逝してしまうと、その妻恵は、「女所帯には直人を置いておけない」として彼を追い出してしまったのである。


めぐみ(メグ)と雛菊(デイジー)母娘。

授業料こそ特待生のため免除だったが住む家もなく、たった1本のバイオリンを手に路頭に投げ出された彼は弾き語りや清掃などのバイトをしながら友人宅を転々としていたのだった。だが、日々の鍛錬は怠ったことはない。

 だが悲しみに満ちたメロデイは、聴く人の涙こそ誘えども、父を超えるものとは思えなかった。そう、悲しみのあまり才能がとまってしまったのだ。

 そして・・そんな彼をさらに襲う者がいた。

悲しげなバイオリンの声が突如止まる。

「ワーーツ」直人の悲鳴。

「隼人君、急いで!」由香は隼人をせかして急ぐ。

 

「おい内藤!てめー俺たちの島で勝手にヘたっぴなバイオリン弾きやがって・・ショバ代出しやがれ・・・」

「辞めてください・・来月のコンクールで入賞して賞金が出たら払いますから勘弁してください・・・」

「黙れ!あてになるか!それにおれたちゃ、てめーの存在そのものが気に喰わないんだ。このオカマ野郎め!」

「キャー!や、やめて・・・それだけは・・バイオリンだけは・・・」

それを目にした隼人は怒りに燃えて飛び出そうとした。だが、一瞬早く、不良のボス、勝間田を熨した男がいた!

「段田!」

「大丈夫かナット!蛆虫野郎!ナットを虐める奴はこの俺様がゆるさねー!今度はその首を捻じ切ってやるから覚悟しやがれ!」

「おぼえていろ!でも段田、てめーがオレたちを殴ったから出場停止だぞ」

ところが・・「あら、そういう勝間田君こそ、内藤君を虐めていたのが見つかったら出場停止になるんじゃないかしら♪」

そこに隼人と由香が颯爽と現れた。勝間田は大輔のライバル、海洋工大付属のラグビー部員だった。そして由香が権力者の孫娘だということも知っている。

「畜生・・細川のハゲ爺のところのお嬢さんに告げ口されたら俺たちこの国に居られなくなってしまうぜ・・なんでこのタイミングであの女が現れるんだよ・・・。覚えておけ内藤、段田!」だが隼人に殴られなかったことが彼等の最大の幸運であったのだ。

勝間田と黒木は捨て台詞を残して逃げ去った。

「ありがとうダン!」

「ここもブッソウだぜ・・・あいつら、許せねー」

 

「おはよ♪段田君、内藤君♪」

「おはよう、由香さん、隼人君・・」

「なんだ、隼人まだ生きていやがったか・・」

「そういうお前こそ・・」

この段田大輔は隼人と同じ赤橋高校の番長でラグビー部のキャプテンであった。天涯孤独の身で抜群の運動神経と戦闘能力を持っているのは隼人と合い通じるものがあり、子供の頃からのよきライバルで喧嘩相手であった。隼人と大輔が格闘し殴りあうのは彼等が憎しみ合っているからではなかった。互いに殴っても平気な喧嘩相手がいなかっただけだ。

 そして直人と大輔は孤児院時代からの大の親友であった。鎌倉一の悪と言われた大輔が心優しい音楽少年の直人と心を通わせるのは事情を知らない人間からは理解できなかった。

だが、それは大輔の心根にある優しさの現われだということを隼人と由香は知っている。

 隼人と大輔を通じて内藤を知った由香は何とかスポンサーになろうと試みるのだが断られてしまった。直人は音楽に対するプライドは人一倍強く、誰かのやっかいになってという考えはもうとうなかったのだ。

 

「でもかっこよかったわ段田君♪内藤君もコンクールがんばってね♪」

しかし・・・勝間田たちの乱暴によって直人の命とも言えるバイオリンが壊れてしまったのだ。落胆する直人。

「わたしが新しいのを買ってあげるわ・・・」

「ダメなんだ・・父さんの形見のこのバイオリンじゃなくちゃ・・・」落ち込む直人に一堂言葉を失ってしまった。

 

 

それから数日、朝のジョギングを続ける隼人と由香は直人のバイオリンを聴くことがなくなってしまった。心配していたある日・・・。森の奥から軽やかなバイオリンの声がする。

なんと、直人が小太りの覆面・サングラスにシルクハットの男からバイオリンの手ほどきを受けている!そしてその腕前はめきめきと上達していたことを素人ながらも隼人と由香は知った。このぶんだと、来週に迫ったコンクールでの入賞は確実、優勝も狙える・・あの聴くものを悲しくさせる陰惨さが陰を潜め、明るく力強いメロディを取り戻したのだ。

「よかったわね、内藤君・・・」

「ああ」。

 

そしてその頃から、超音波による振動で工事中のビルが崩落したり地下鉄がストップしたりする怪事件が多発するようになった。細川博士は、グロテスターの仕業ではないかと疑った。事件は日中はおこらない。早朝と夕暮れ時・・蝉の声に同調して起きるのだ。しかも・・直人が練習しているときに高い確率で起こるのだ。まさか、直人のバイオリンが・・・

そのまさかであった。コンクール本番・・・。軽やかな直人の演奏にうっとりとする聴衆・・・だが、外では向かいのビルが!直人のバイオリンと同調して超音波が発生しているのだ。

そして会場の壁も崩れる。

「キャー」逃げ惑う人々。

そこに、ついに現れたグロテスターの昆虫怪人。

それは、今までのどの怪人、獣人より醜く邪悪な、ゴキブリの怪人ゴキブラーだった。

ゴキブラーとその手下たちに襲われ、油まみれの触覚で絡め撮られる人々。そしてゴキブラーは直人を襲う。

「なぁあんさん、自分のもっとるほのバイオリン、ワイにかしてや!」

このバイオリンが超音波を発生していることを知っているゴキブラーは自らが使うことにより被害を拡大ししようとしていたのだ。

「わぁ・・ばっちい手でバイオリンに触るな・・あ、キャー」

ゴキプラーの汚い手で突き放たれた直人の手からバイオリンが奪い取られる。

だが、ゴキブラーが演奏しても効果がなかった。別の意味での耳障りな不快音はしたが、超音波は発生しなかったのだ。

「やめろゴキブラー」

「なんや、ゼミナールはん・・おったのかいな。あんさんもワルやな〜自分でやらんとって、地球人のガキをつかいよるとは」

「黙れ!そんなはずではなかったのだ・・・」

「あ、蝉のおじちゃん・・」

「坊や、そのバイオリンを返しておくれ。これが君のだよ・・修理して調律しておいた・・」

だが会場は大パニック、調律どころではなかった。そしてゴキブリ軍団が・・。

 

だが、会場には隼人と由香も来ていた。混乱に乗じて2人は変身、まず逃げ惑う人々を誘導した。幸いここは町から外れた城跡。建物や交通の被害は極限できた。そして香織も駆けつけ、避難民の救護をバトンタッチすると、隼人と由香はゴキブラー、ゼミナールと対峙した。

 

「ケツケッケ。ゼミナールはん、何をいまさら・・あんさんは功労者やで。ほな、みなはれ、あんさんのバイオリンで地球攻撃は大成功や。あとはその手柄をこのわいがそっくり戴く。あんさんは用済みやな」

「違う・・私は・・・こんなはずでは・・・」

しかしゼミナールはゴキブラーにやられてしまった。

「蝉のおじちゃん!」

「ボンもおじちゃんのところにいくんかいな?」ゴキブラーは直人も襲う。だが

「そこまでだ虫けら!オレが相手だ!」バルディバンの挑戦だ。

 しかし、その前に、「どけ、隼人!ナットを虐める奴はオレが相手だ」

「無茶だ段田!」

 大輔の怒りのパンチがなんとゴキブラーのどてっぱらを貫通したのだ。

ところが・・やっとぶちやぶったゴキブラーは小さなゴキブリに分裂して隼人と由香を包囲する・・幸い、対幼虫戦の教訓から改良され内部への侵入は防いだが、油まみれになり戦えなくなってしまったのだ。

そして大輔もノックアウトされる。ゴキブリの塊の多くは再び合体してゴキブラーになった。

そして、隼人を動けなくしたゴキブラーはその魔手を由香に・・・

「助けて隼人君!ゴキブリ大嫌い!」

「大嫌い?ワイには最高の褒め言葉や〜」

しかし隼人はミニゴキブリに包囲された上、油まみれになり動けない。そしてエネルギーも・・・。絶対絶命のピンチ。

 

そのとき、ゴキブラーにノックアウトされて死んだと思われたゼミナールの背中がぱりっと割れた。そして中から・・・銀色に輝く翼を持ったゼミナールとして生まれ変わり、大空に舞い上がったのだ。

それを、秘密基地のモニターで見ていたカマキリンダは悲鳴を上げてキングビートル2世に報告した。

「キングビートル2世様・・ゼミナールが!」

「馬鹿な・・・」

ゼミナールの羽化は、彼の100倍のパワーアップと引き換えに確実な死を意味していたからだ。しかしその秘密をゴキブラーは知らない。

 

「おお、ゼミナールはん、たのむで!人間どもを空から弓矢で攻撃や!」

「黙れ!この矢は貴様を、音楽を踏みにじる貴様を・・よくもこの私を悪用してくれたな・・」

バイオリンから発射された矢はゴキブラーの目を潰した。

「裏切りおったな!殺してやる!」

 それと前後して、ゼミナールは大空から小便を振りまいた。「冷たい!」「きたねー」

だがそれは汚くなんてなかった。それどころか・・

それを浴びた隼人と由香の体についていた油がすっかり洗い流され、小さいゴキブリたちも死滅した。

「おのれゼミナール!」ゴキブラーと手下は合体して飛翔し、ゼミナールを打ち落とそうとした。だがそれより早く、ゼミナールは突如失速して地上に落下激突して、ジリジリと音を立てながらもがく。それを踏み潰そうとする巨大ゴキブラー。だが!

「許さないぞこのゴキブリ野郎!由香ちゃん、合体だ!」

「OK!」

2人は合体しバルディスターになった。巨大ゴキブラーは触覚と油で攻撃してくるが、ゼミナールの力によって油を弾けるようになったバルディスターの前にゴキブラーは敵ではなかった。

「隼人君、油断しちゃだめよ。わたし、エネルギーを全開にするわ。焼き尽くして!」

「わかった!バルディ・クロスファイヤー!」

「うわーーー」ゴキブラーは焼死した。

 

ゴキブラーを倒した隼人と由香は分離してゼミナールに駆け寄る。

「うう、許してください地球の皆さん。私の星はグロテスターに滅ぼされ、昆虫人間であった私は昆虫軍団に編入されました。本当なら、静かにバイオリンを奏でて余生を過ごしかったのですが、私のバイオリンはこの星の音波と反応すると大変なことになってしまうのでした。知っていたので力を弱めて迷惑をかけないようにしていたのですが、ゴキブラーに増幅されてしまい、多くの人たちを・・・」

「もう喋らないでください。」

「セミのおじちゃん、死んじゃいやだよ・・またレッスンしてよ・・」

「坊や、君の才能は宇宙レベルでもきっと通用するよ・・わたしは、寿命は700年だが翼を広げると1日で死んでしまうのです。君に教えることは全て教えたし、父さんの形見のバイオリンも修理しました。あとは自信を持ってください。そしてお友達を信じて」

「おじちゃん!」

「許してください・・わたしも昆虫軍団のはしくれ・・まさか君の父上が昆虫軍団の手にかかって命を落としていたとは・・その罪滅ぼしをしたかった・・」

「ゼミナールさんは悪くないわ。あの飛行機はバッタにやられたのよ・・」

「しかし、同じ昆虫軍団の仕業には違いありません。それに私はその大幹部四天王の1人・・一時は本気で地球征服を立案し攻撃もしました。わたしの罪はこんなものでは消えません・・でも・・私は音楽を愛していました。内藤君の才能を愛してしまったのです・・・。地球の皆さん、本当に申し訳ない。そしてさようなら・・」

「おじちゃん!」

「おじちゃんはもう寿命なんだよ・・そうだ、最後にこのバイオリンで一曲・・」

ナットの奏でるバイオリンを聴きながら、夕映えの中、孤高の宇宙音楽家ゼミナールは逝った。彼もまたグロテスターの、ワルモナイトの、そしてキングビートル2世の犠牲者であったのだ。隼人たちはささやかな墓を造りその冥福を祈った。

 

 

 そして一週間後、改めて開催されたコンクールで直人は見事優勝した。

「見ているかい、聴いているかい、父さん、母さん、そして蝉のおじちゃん・・」

観衆として来場した隼人、由香、大輔、恵、デイジー、その双子の兄で指揮者の勉強のため伊太利亜留学中の淳、そしていずみらも皆魂がふるえるほどの感激。

「ブラボー!」審査委員長の桃李音大理事長のローレンス飛田氏が絶叫する。

飛田氏は、恵の妹、恵美の夫であった。さらに、恵美の姉で恵の妹の城之内栄子(通称、ジョー先生)は大輔と直人の孤児院の先生であった。もう1人の姉妹、恵理は桃李音大卒の女流ピアニストである。

直人は、全額支援特待生としてウイーンに旅立つことになった。そして恵の同意の下、正式にデイジーとの婚約も整ったのであった。

「デイジー、5年だけ待っていてね・・僕、家族に恵まれなかったから、君と暖かい幸せな家庭を作るんだ・・でもそのためには音楽で食べていく力を確実にしなくちゃいけないんだ。待っててくれるよねデイジー」

「ナット・待っているわ・・」

 

「隼人君、わたしたちも、きっとだよね?」

「うん、由香ちゃん・・」それを見送る隼人と由香も改めて将来を誓い合う。

 

ウイーンに向けて飛び立つ直人を乗せた飛行機が夕空へ消えていく。それを見送るかのような蝉時雨に、隼人と由香はゼミナールのことを思い出したのであった。

 

 

続く。